東大生はうざい。

東大生は上から目線だ。

東大生は勉強はできるのに人間性が悪い。

東大生は・・・。

なぜだか東大生と言うとそういう文脈で語られがちです。
一体どうしてでしょうか? 今回はその理由を考えてみることにしました

なぜか嫌われる東大生

例えば、とあるバラエティ番組で坂上忍が激怒し、東大生と激しくやりあった――そんなことがネットニュースで取り上げられたりしています。

経済誌プレジデント2018年10月1日発売号でも

いま20代の女性に「結婚したい大学」「結婚したくない大学」を聞くと、どんな回答が集まるのか。「プレジデント」(2018年10月1日号)では、20代の未婚女性300人にアンケートを実施。その結果、「結婚したくない大学」の1位はダントツで東京大学だった

と酷評されています 。

日本で最も入学が難しい大学、それが東京大学です。
そこで学んでいる学生たちはおしなべて優秀なはず。「だから」なのか、「しかし」なのか、ここで取り上げた例のようになぜか色々な所で槍玉に挙げられてしまっています。

どうしてでしょうか。

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東大生がうざい理由は?

東大生を「うざい」と思ってしまう理由を私なりに考察してみました。

1.東大生原因説~個人的経験から~
これは私なりの経験でもあるのですが、東大出身の人はどことなく雑談が苦手な傾向があるようです。
雑談はあくまでも雑談であってディベートではありません。自分の考えの正しさを証明しようとしたり相手に自分の主張を認めさせようとするものではありません。

ところが、なぜか東大出身の人は雑談にまで論理的な整合性や些細な科学用語や歴史用語などの使い方にこだわったりする傾向があるようです。
あくまで雑談なのにネタをネタとして受け止めることができず、話がところどころで止まってしまい非常に会話の流れが悪いのです。

流れていかない雑談。これは正直私も面倒だと思いました。

もちろん科学的な真理を探究するためには、細かいところにこだわるのは大切なことです。何かを研究するためにはそうした真摯な姿勢は必須でしょう。

しかし雑談にまでそんな姿勢を持ち込まないでほしいと、誰もが思うはずです。

2.非東大生のコンプレックス説
そもそも本当に東大生って「うざい」のでしょうか。

東大に在籍している学生、卒業生を数えていくと何万人何十万人という数になるでしょう。
その中には優秀な人そうでない人、優れた人格の人性格のゆがんだ人、いろんな人がいるはずです。
十把一絡げに「うざい」とか「性格が悪い」などとまとめてしまうのは乱暴な意見だと思います。

ではどうして東大生は冒頭に掲げたようにバラエティ番組や雑誌の特集で槍玉になってしまうのでしょうか。
私はここにコンプレックス説を唱えたいと思います。

本屋に行くとよく「東大生だけが知っている勉強法」だとか「自分の息子を東大に入れる教育論」など東大を意識しているタイトルの本をよく見かけます。

東大に限らず例えばハーバード大学であったりスタンフォード大学であったり、果ては有名コンサルティング会社・マッキンゼーだったりなど、優秀な人物でなければ所属することができない大学や会社の名前をタイトルに使っている本が多く売られています。

これはつまり東大に対する――ひいては知能の高さへの――コンプレックスの表れではないでしょうか。

東大生のことを鬱陶しいと思ってしまう、その裏返しとして私たちの心の奥底で東大に対するコンプレックスが潜んでいるのではないでしょうか。

だからこそ槍玉に挙げてやっつけてやりたい、そう思ってしまうのです。

もし東大生に対して引け目を感じるのならば、自分もきちんと努力をして東大生たちに負けることのない何らかの実績を残せば良いはずです。
それをしないで、単に「うざい」などと片付けてしまうのは感心しません。

まとめ

東大生説、我々のコンプレックス説、2つの説を仮説として提示します。

「東大生だから」と一括りにしてしまうのは、「白人だから」「黒人だから」という言葉で人を議論するのにも似ていささか乱暴だと、記事を書きながら気づきました。

いずれにしても、東大出身の方、そうでない方、お互いにとって本当に大切なのは個々の人柄と向き合うことではないでしょうか。