2018年8月4日からフジテレビ系列で放送中の渡辺麻友主演ドラマ「いつかこの雨がやむ日まで」。
引き続き、第4話について気づいたことを書いていきます。

愛の裏返し=憎しみ?

第4話の題名は、番組公式ツイッターによると「悪意のご招待~罠と秘密」。

三上沙耶(筧美和子)はドラマ冒頭でハンカチを切り刻みます。この場面に何かしら正常でない雰囲気が醸し出されていることを感じたのは私だけではないでしょう。

果たしてひかり母娘を谷川家、三上家が会食するレストランに招き寄せ、彼女らがかつての忌まわしい事件の関係者だということを暴露。
ここでは、愛の裏返しに憎しみというものが存在するという、人間の暗い部分に焦点が当てられているかのようでした。

中野信子氏「シャーデンフロイデ」(幻冬舎新書)によると、愛という感情はそれ自体では成立せず、深い憎しみがこれを裏打ちしているとのこと。
シャーデンフロイデはドイツ語で、「人の失敗や不幸を喜ぶ気持ち」のことを指します。

この本によると人間が愛を感じるとき、脳内では「オキシトシン」という物質が分泌されます。その現象を脳は「快感」だと捉えるのです。
他方で愛や絆が断ち切られようとする瞬間、「私達の共同体を壊さないで」という防衛本能からオキシトシンがそれを阻止しようとする行動を促進するそうです。

なぜ沙耶が残酷な会食を計画したのか・・・? いえ、残酷なのは沙耶ではなく、「人間」の暗い本性がそうさせているのです。

沙耶が谷川和也(堀井新太)と出会ったときのエピソードではかつてのフィアンセを失った過去が明かされます。「死」という厳粛な事実を前にしては、沙耶その人、その行動を責めることはとてもできないのでした。

彼女がとった行動には、彼女なりの正しさがあったのです。
「正しさ」の裏返しは「悪」ではなく、「もう一つの正しさ」であることに改めて気づき、私はTVを見ながらなんとも複雑な思いがしました。

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(画像:FODよりキャプチャ。以下同)

ひかりの表情に明るさが?

こうした残酷な場面がありつつも、ひかり(渡辺麻友)の表情には和らぎが見え始めています。
例えば「雨っていつかやむんだな」と和也がポツリと呟いたときのひかり。
母も「最近顔が優しくなった」と指摘しています。

「一人ではない」。そう悟ったからなのか、ひかりの歌を歌う時、同じ曲であってもどことなく明るさが滲んでいるようではありませんか。抑揚や音程、そして歌い手の心理など、わずかな違いで曲がガラリと表情を変えることを示唆しているようです。

このドラマには主に2つの筋があるようです。
ひとつは、ひかりや和也などが、過去の重みを受け止めつつも、未来へ向けて再生をはかるもの。
いまひとつは、森村國彦(桐山漣)のようにおぼろげとなってしまった過去の事実を拾い集め、真実に迫ろうとするもの。

全貌を表しつつあるドラマの行く末を引き続き注視したいと思います。

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(表情に明るさが宿り始めた?)

蛇足

話の本筋とは関係ありませんが備忘として書き留めておきます。
第4話でジュリエットから配置換えとなったひかりが演じるのは、衣装から察するに乳母。(第5話以降でさらに配置換えがあると思いますが・・・)

しかしその乳母、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」では、かなり下ネタを言う役柄になっています。

「私のあの処女の印にかけましてね、と申しましても、なに、十二の時のあれじゃございますがね」、と初登場でいきなり初体験が12歳のときだったことをサラッと語ったり、「女子(おなご)というものは、男で肥る」と言い始めたり・・・。

深刻になりがちな恋愛悲劇にあえてこういう人物を交えることで、明るい空気を吹き込むのがシェイクスピアの狙いだったとか。

また、シェイクスピアの設定ではジュリエットは13歳、ジュリエットの母であるキャピュレット夫人は28歳くらいの年齢になっています。昔の人は結婚が早かったらしい・・・。

ロミオも18歳くらいの設定となっていますから、「ロミオとジュリエット」は若い二人がたった5日で破局まで突き進んでしまうというお話です。
たった数日の出来事で悲劇を描ききったシェイクスピアの筆の冴えは見事です。



参考文献:
ロミオとジュリエット (新潮文庫)

関連記事:
渡辺麻友主演「いつかこの雨がやむ日まで」闇深い第1話の感想。
渡辺麻友主演ドラマ「いつかこの雨がやむ日まで」第2話の感想

注:本作品は【フジテレビオンデマンド】 でも配信されています。登録すると1ヶ月無料とのこと。