こんにちは! ぼくは友だちいないマンだよ!\(^o^)/ 
ぼっちだよ!\(^o^)/ 
今日はLINEをやめたい、やってない、やりたくないという人もいる件について考えてみたよ!

 
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LINEをあえて使わないという人もいる件

先日、「シャーデンフロイデ」(中野信子氏著、幻冬舎新書)という本を読んだことを記事にしました。
その本には、こんなことが書かれていました。
いま、若い人たちはLINEなどで本音を語らなくなっているといいます。
LINEグループのメンバーではない人について軽い気持ちで語ったことでも、スクリーンショットで撮られ「あの人がこんなことを言っていたよ」と見せられてしまえば抗弁できません。
たった一言が動かぬ証拠となってしまう怖さを実感として知っている若者たちは、誰かに本音を伝えたいときには「会って話す」というのですから、なんだか時代が一周してしまった感があります。
友だちいないマンがこの一節を読んで連想してしまったのが、冷戦時代に東ドイツ大使館に勤務していた方のお話です。
(大使館もすべて盗聴されていたでしょ? と訊かれて)「ええ。だから、必ず外に行って話をしました。公園や森の中を歩きながら」。
(出典:春江一也「ベルリンの秋 下」集英社文庫)

当時の世界情勢(第二次世界大戦後~ソ連崩壊まで)はアメリカやイギリス、西ドイツやフランス、日本といった「西側(資本主義)」の国々とソ連や東ドイツのような「東側(社会主義)」の国々が実際には戦争こそしないものの、経済や外交、時にはスポーツや音楽まで政治の道具として用いられ、様々な面で激しく対立をしていました。

西側の国から東側の国に大使館職員として派遣されると、住んでいる家の周りを警察が見張り、電話は盗聴され、部屋にも盗聴器が仕掛けられているという有様でした。

「シャーデンフロイデ」の中野信子氏が「時代が一周してしまった」で念頭に置いているのが当時の社会主義の国の様子かどうかは分かりませんが、友だちいないマンはつい東ドイツ大使館元職員の方のお話を思い出してしまうのでした。

LINEで伝えない気持ち

この「LINEでは大事なことは言わない、本当に大切なことは直接話す」ということでもう一つ気づくのは、元々交流のために作られたツールでありながら、期せずして時には相互監視しているかのような気苦労が生まれてしまうということです。

ツイッターのつぶやきもそうですが、一度インターネットの世界に産み落とされた情報は消すことができません。
安易な投稿や賛否両論の意見が炎上につながることを察知しているからこそ、大切なことは証拠が残らないようにしているのかもしれません。

SNSの裏垢の存在が腑に落ちる

こう考えると、SNSに裏垢が存在する理由が分かるでしょう。
表のアカウントではイメージづくりや仲間内での「格付」のためかっこよく盛った写真を載せる。
大切なことや本音は絶対に本当のアカウントでは書かない。だが書きたい。
そこで裏垢を作るのでしょう。

対立を避け、炎上を避け、見かけ上の仲の良さを取り繕い、裏では陰口を書く。
私達が普通大切にしているはずの「思いやり」や「仲の良さ」は表面のものであり、一皮むけば表には現れないような気持ちが渦巻いているのです。
その様子は、なんだか「高品質なメイドインジャパン」が実は「集団的偽装」によって作られたフィクションだったという最近の報道とどうしても重なるものがあり、友だちいないマンは複雑な思いです。


関連記事:メシウマ。他人の不幸を喜ぶ心理。ドイツ語でシャーデンフロイデ。



















ちなみに友だちいないマンはガラケーだからLINEからもInstagramからも取り残されてるよ!
だけど友だちいないから何の問題もないよ! 良かったね!!\(^o^)/
(なので、LINEを使ってみて実際はこの記事の通りじゃないよ、という実情を教えてくださる方、いらっしゃいましたらコメントを残していただけますとありがたいです)